ごわごわした気持ちの捨て場所

発達障害者の遺言、黄色のシャツが嫌い

こんな時にまで説教されたくないの

 前のブログからもってきた物

 心持ちの説教だらけで中身ない大人達

 

ちふれの話がトップにありましたが、

今の日本はただの行動ひとつに説教を付けすぎですよね。

 

 

 

自分の行動を賞賛することで、自分の正義を信じるように。

自分には悪がないように信じ込もうとする。

叩けば動くなんて、古いテレビを叩きたがる老人のように。

 

まるでヤフコメだ。増田だ。中身もなく説教と批判をする。

人間性、社会性。しっかり型のあるわけではない物で人を批判する。

こんな物がネットでの鬱憤晴らしでなくとも存在している。

行動で示せ、といいながらただ1つの行動だけを指示すればいいものを、

その態度は、姿勢は、気持ちは、やる気はなんだと、口で足止めをする。

 

電車なんかに乗るとそれをひしひしと感じる。成長、努力、根性。

もっと出来るようになる、やれるようになる。

もっと良くなれという言葉の裏の「今のままじゃ駄目」で、

この国は本当に支配されていると思う。尻に火をつける放火魔だ。

なのに誰も道標を作らない。自分で作れ自己責任。

そう言いながら何かを目指せと馬を鞭で叩くように人を叩くのだ。

 

ただの物のしまい方ひとつ、ただの喋り方ひとつ知ろうとするだけで、

心が綺麗になる、美しい人になる、気持ちも明るくなる。

余計なお世話にもほどがある。どうして今の貴方が汚い、醜いと、

本を見ているだけで馬鹿にされなきゃならないんだ。

どうしてこの不快感を貴方が卑屈だからそう思うと言って終わらせようとする。

この国は説教もう正義の為でも成長の為でもない。