ごわごわした気持ちの捨て場所

発達障害者の遺言、黄色のシャツが嫌い

お金を貸しても友情は補強されないよ

昔、同じ発達障害持ちだった人と喧嘩別れしたことがある。

発達障害と一口に言っても何に過敏か、鈍感か、出来るか、出来ないかは全く違う。
喋らない人もいれば、傷つく言葉を無意識に言う人もいる。
他の障害と併合してるかどうかでも変わるし、働ける、働けないもあり、働けないの部分の理由も様々である。

彼女と出会ったのは高校の頃である。非常に不器用ですぐに足手まといになる私に、彼女はとても優しかった。
仲の良い相手なら気配りは非常にするし、積極的に人を知ろうとする熱心な人だった。
私はすぐかんしゃくを起こし何かを上達させる過程に耐えることが出来ないので、いろいろなことに詳しいし手を出せる彼女を凄いと思った。

発達障害に見えないというのは、わかりづらいからこそ傷つく理由になるので悩ましい言葉ではあるが、彼女は人並み以上の気配りをしていたのは確かだった。
私より何かが出来た。そのかわりに彼女は積極的に何かをしたがったし、障害手帳の級も軽いんだと聞いた。
高校で精神を病み、卒業後のデイケアでは医者から暴言を食らって医師不信になり、かつての医者に移ると彼女と久々に出会った。

大学生になり結婚する相手を見つけ、結婚したら大学やめてここから遠くに暮らすという彼女と私は再び連絡を取るようになった。

大学に通ってる彼女からいろいろな話を聞いた。楽しそうだったし、自分でサークルを作って居場所を作ったという彼女は非常に活力的だった。
疑心暗鬼がデイケアで悪化した私は見てるアニメの話やネットの話を共有する以外はすっかり辛気臭い日常しかなかったのだが、彼女はそれを聞いてくれた。
私の親が相当なモラルハラスメントをしてることが明らかになったので彼女は恩人である。

そして発達障害同士だというのでその関係も話した。肌が過敏とか、臭いが敏感でこんな臭いが苦手とか、人が少ない場所は落ち着くなんて話をした。電話だけの関係は細く長く続くと当時思っていた。

そんなある日喧嘩をした。彼女が金欠になり不安定だった。
私の家庭はかつて浪費家であった時代もあったが、友人はそれよりも金払いがよかった。結婚した旦那さんがいっぱい買ってくれるのかなと思っていた。

その後節約を始めたとは聞いていたが、節約ネタと共に食べ物や買い物の報告もパラパラあった。
そんな友人が死にそうだとこぼしているので、本格的に節約してはどうだと言うと「楽しみもしないと耐えられない」と言い、死んでは困るとそれなら年金をの話を出すとさらに火に油を注いでしまった。

ここから言い合いになった結果、彼女と私の違いは発達障害であることを知る時間差であることを聞くことになった。

当時まだ名前が出るようになったばかりの彼女は病院をたらいまわしにされたり、診断されると親から発達障害だから駄目な子だと断定されたり、普通であることを求められて苦しんできたという。
診断をされたが認めることにとても苦しんでいるようだった。
貴方にはその苦しみがわからないでしょうと彼女は言った。

私は彼女からよく似ている、似ていると言われていたが、喧嘩をする時は違うんだねと言われる。
私は器用な彼女を前に、そんなことないと返してきたが、いざそう言われると悲しいものだった。
うつで教師に言われるがまま障害手帳を取得した私と彼女とではその間に受ける悲しみはまた違っただろう。

普通であることを求められる苦悩は私も同じだった。普通から外れていることで家族にも自分を受け入れられない孤独もあった。発達障害の名も知らぬまま、病院に連れて行くと脅され、捨てないでと大泣きすることもあった。

全く同じ苦労を背負う人間はいないし、わかった気になるのもよくないというのは頭に入れていたので、返す言葉が上手く見つけられなかった。パニックになった彼女は連絡を立ち、夜中になっても連絡がこない彼女に痺れを切らして、私が電話したら絶縁になった。ようは私が最後の原因である。

夜中に電話した私が悪かったのは確かにマナー違反だが、あの後一言の連絡もないことに私は腹が煮えくり返り不眠を起こす程耐えられなかったのだ。不快にさせたのは私が原因とはいえ「熟睡してたのに、眠れないのはそっちの問題でしょ」「喧嘩した程度でこんなんじゃやってられない」と言われたのには流石にショックを受けた。
喧嘩した程度というのは第三者が他人事のように口にするような言葉であって、相手から言われるとは信じられなかったのである。おまけに金欠の話を持ち込んできたのも棚に上げ、人間関係殴り合い前提のような言いようをされると私もわかった、ごめん、おやすみなさいとしか言いようがなかった。

私は彼女との連絡が繋がってる携帯は持ち歩かず、新しい携帯を持つようになった。
あれから彼女からの返信はなく、裏では金を取り戻したのか実家の方までフライトしてたようである。

彼女の親も毒親だと本人が話してたが、その相手にも礼儀正しいことである。母と同じ金を返さない人にはなりたくないと言っていたが、その母を尊重して金を使ってるので、貸した金の返金は諦めた方がいいのかも知れない。

距離も離れて顔も合わせない付き合いではあったので、彼女の先を考えると私との関係は確かに必要ないし、いい金稼ぎになったかもしれない。

私は毒親の洗脳により友人を作らなくてはいけない脅迫を抱えていたが、金銭的実害を最後に流石に友達作りはやめることを誓い、送金の紙を洗脳の声に御札のごとく貼り付けるのであった。