ごわごわした気持ちの捨て場所

発達障害者の遺言、黄色のシャツが嫌い

道徳の教科書を破り捨てよう[自傷行為の経路もまとめ]

私はいじめを教師に訴えた
女生徒に胸ぐらを掴まれていた所、
女教師がこちらを見ていたのに
無視して廊下を過ぎ去った瞬間が 今も目に焼き付いている。
あかい口紅をつけた年配の教師と
赤い眼鏡をつけた女とは思えない女
その後ろにいる男子含む取り巻き。

眼鏡の女は誰にも言うなと私に言うが、私は胸ぐらを掴まれているうちに見た物事からそんな気力すら失っていた。

私はその頃、風呂の中で冷水を浴びて風邪を引くことを祈りながら、また学校に行く朝に疲れていた。

その当日、リストカットの知識なんてなかったのに、唇を噛むと同じような感覚で手の甲に爪を食い込ませて過ごした。

私が不登校になった時、親は何も言わなかった。涙は流していたが、周りへの許せなさではなく、娘が不登校になってしまった事実への涙だと思う。

図書館登校の選択肢があればそこに向かわせ、不登校の支援教室があればそこにバスで通学になった。

母からはただ「自信を持て」「悪い人ばかりではない」と言われた。

私はいじめをしていた本人だけでなくて、その周り、親からすらまともに取りあって貰えなかった。

子供がいじめで人殺しにまでなろうと子供に対して過保護なモンスターペアレントが正直羨ましく感じた。

私は人殺しになんかなりたくな買った。何故ならこの頃から私は母親に私を傷つけた人間に怒りや憎しみを持ってほしいという執念を持つようになった(いじめ自体は小学校で一人から執拗に受けてきたのに親からの無視を目撃したに関わらず食らってきた)

その自傷で片付かない衝動を、私はただ道徳の教科書にぶつけた。同じ教室の生徒も、教えてる教師も、人を大事だという親も、すべてが馬鹿馬鹿しい、その怒りのすべてをカッターで八つ裂きにしてぶつける。

切り裂く、破く、水でふやかす。
そしてすり潰す。
火だけは危なくてやめた。
おまけに自分の身体も切らない。
異様なところで理性のある自分が、
少し気持ち悪い。

母に似て物に投げて当たるが、
母も冷静で意図せず壊れたもの以外
壊したことがないのだ。



思えば私の自傷行為は転々とした
世界一不毛なまとめだが、
せっかくなので書こうと思う

小学校の頃は唇を噛み、
食べ物が染みて美味しく食べれない
ということで手の甲に爪を当てた

中学になると
今度は頭が上手く洗いづらくなる
ということでいらない毛を脱いた
もの凄く後々
「鼻毛抜けばいいじゃん」
という話をネットで見たが鼻毛は抜いてない(鼻毛の役割は他のムダ毛よりあると思うの)

その後の高校はもう教室にいるとストレスが限界値に行くほど苦痛だっただがその場で毛を抜くわけにもいかず
爪や指で服を圧迫したりネクタイで首を締めてみたり、腹部に物を当てて体重をかけて圧迫

家族と揉め合うと(例の執念)オーバードーズを始めたが飲んでる間に親に散々文句言われるのが面倒で大量の水を飲むようになった(寒いし頭が痛くなるけどODより後が残らない上位互換なのでおすすめしたいようでしないに越したことがない)