ごわごわした気持ちの捨て場所

発達障害者の遺言、黄色のシャツが嫌い

母に愛を教えなかった祖母

私は宗教が嫌いだ。
宗教は家族を奪う。
家庭で循環させる愛情を奪う。

無限の博愛の精神があると思い込ませ、
万人に対して温かな心があると自惚れさせ、
そして自らが神になったかの如く他人を見下す。

神の教えを人を支える為でなく、断罪する為に利用する。
神話の様々な愛憎劇には目を瞑り、無垢であることを自他共に要求する。

母からは娘として置いてもらってはいたが、人としては心底嫌われていると感じながら過ごしていた。

それもそのはず。母は人でなく架空の聖人しか見てこなかった。無垢なのではなくただの無知だった。
それは島ぐらしだったのが悪いのが、土日の片方を礼拝の犠牲にした生きてきたのが悪かったのか。

母は生まれてすぐに親に入信させられた。
嫌々早起きして礼拝に向かい、逃げ出したら恐ろしく今までにないほどに怒られたらしい。
しかし朝食はパン一枚のみで貧相なものだった。
私が母に聞いた祖母の話はそんなものだ。
そんな話を一言を呟くものの、母はなるべく汚い気持ちとされている物に目を瞑ろうとする。
そして家族にもそれを強要した。

父は内面の話こそ一切しないが母との会話をすぐ切り上げたがり
「そうするよ」「こっちにしとくから」
と無視したり従って立ち去る。

私はその内容の理不尽さ、聖人のような心を対人恐怖になった時にさえ要求され、散々言い合いをした。
私が追い詰められて過呼吸を起こしたり、私のかんしゃくで母が折れたり、母が拗ねるので私が折れたり、母がキレて物を投げたり、物に当たったり、暴言を吐いたり手を出してきたりした。
パワーゲームになっていた。

妹はそんな家族を見てきたのでなるべくテレビに熱中して、母との会話はあまりしない。おおむね父親との会話、あるいは私とテレビで見たものを語り合ってた。
妹は私の頃に比べると父が丸くなってる時期が来てるので不信感があまりないのかもしれない。
旦那曰く妹は相当なぶりっこを家族(私含む)にしているらしく、夫には全く反応が違ったらしい。

他人を優先することばかり教えて、家族間の愛情の伝達を疎かにした祖母による毒は今、私の夫婦関係にも染み渡ろうとしている。

家族に自分そのままを許されなかった私は、楽しいと思うことが下手らしい。
そういえば祖父は無言、無表情だった記憶がある。叔父は統合失調症になってしまった。
叔母は相当こじらせているらしいが、同じ長女として生まれ、妹を見てきた私には、それが何故かわかる気がした。